蜂の子の歴史

滋養強壮に効果的な健康食品として有名な「蜂の子」。蜂の子は、古くからタンパク質を豊富に含む貴重な食材として、日本をはじめとする世界中で食べられてきました。今回は、人の暮らしに古くから関わってきた蜂の子の歴史について解説します。

食料としての蜂の子の歴史

古代より、蜂の子は人類の食料として利用されてきました。アメリカやメキシコなど世界各地の遺跡からヒューマンコプロライトと呼ばれる人糞の化石が発見され、その中から蜂などの昆虫類を摂取していた痕跡が見つかっています。最古の例では、150万年前に東アフリカで蜂の子が食べられていたという研究報告があります。
蜂の子は世界各地で伝統的に食され、古来よりルーマニア、メキシコ、エクアドル、タイをはじめとする多くの国で貴重なタンパク源として食べられてきました。現在でも、これらの国々では蜂の子が一般的な食材として親しまれています。
近年では、国連食料農業機関が2013年の報告書において、世界の食糧危機の解決に栄養価が高い昆虫類を活用することを推奨しています。この報告書により、蜂の子をはじめとした伝統的な昆虫食が再度注目されています。

薬としての蜂の子の歴史

蜂の子は、食料だけでなく、薬としても利用されてきた歴史があります。
約2000年前に書かれた中国最古の薬学書である『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』には、365種類の植物・動物・鉱物が薬として収録されています。これらの薬は「上品(上薬)・中品(中薬)・下品(下薬)」の3ランクに分けられ、蜂の子は最上級の「上品」にランク付けされています。この本では、蜂の子の効能として頭痛治療・内蔵機能の改善・美肌効果・老化防止効果などが挙げられています。
中国の明時代に記された中国史上最も充実した内容をもつ薬学書が『本草綱目』です。この本では『神農本草経』の効能に加えて、風疹・便秘・梅毒・婦人病・黄疸などに蜂の子が効果的とされています。
日本においても、蜂の子は食用だけでなく漢方薬としても利用されてきました。蜂の子には様々な効果がありますが、漢方薬として利用される際は、耳鳴りの改善効果を目的として主に使用されます。この場合、桂皮・天草など耳に効く生薬と混ぜて飲む場合もあります。
ルーマニアでは養蜂が盛んで、蜂の子は健康食品とされています。ルーマニアではアピセラピーと呼ばれるミツバチを用いた病気などの治療が行われており、蜂の子もミツバチ産品のひとつとして利用されています。

日本における蜂の子の歴史

蜂の子などの昆虫食は、日本においても古くから行われてきたと考えられています。ただし、文献に蜂の子が記載されるのは江戸時代以降です。

江戸時代の蜂の子

前述の中国の薬学書『本草綱目』は、江戸時代初期に日本に輸入され、薬としての蜂の子の利用に影響を与えました。江戸時代の書物における蜂の子の記述は主に薬用のもので、食用に関する記述はあまり多くありません。
蜂の子の食用に関する江戸時代の記述には、1712年の『和漢三才図会』、1803年の『本草紀聞』、1850年の『想山著聞奇集』に記載されているものがあります。
『和漢三才図会』には、当時、クロスズメバチ、スズメバチ、キイロスズメバチなどのスズメバチ類が食用とされていたことが記されています。『本草紀聞』においては、大型のスズメバチ類が主に地方で食用とされ、味が甘いと記されています。味が甘いと記されていることから、当時から幼虫やサナギが食べられていたことがうかがえます。
『想山著聞奇集』には、スズメバチ類の当時の採取法や調理法が詳しく紹介されています。本書には、現在の岐阜県美濃地方や長野県の木曽地方において、秋になるとクロスズメバチの巣を採集し、醤油で味付けして酒の肴や混ぜご飯にして客をもてなしていたことが記されています。興味深いのは、現在もクロスズメバチの呼び名としてこれらの地域で使われている「へぼ」の名称が、この書物に記載されていることです。蜂の子の調理法も現在とあまり変わらず、当時の呼び名や郷土食の文化が現在まで続いていることが分かります。

明治・大正時代の蜂の子

明治に入り、日本人の食生活は大きく変わりました。牛肉が食べられるようになったことは有名です。そうした変化の中でも、蜂の子をはじめとした昆虫食は山間部や農村部を中心として江戸時代と同様に続いていたと考えられています。
1919年には、当時の農商務省による大規模な昆虫食に関するアンケート調査が行われました。これは世界でも例のない昆虫食に関する初めての全国的な調査です。これにより、主にスズメバチの幼虫が全国的に食用とされていたことが明らかになりました。例を挙げると、長崎県では油揚げや醤油の付け焼きにして蜂の子が食され、岡山県や石川県では生のままでも食べられていたことが報告されています。
1910年頃、長野県佐久の実業家がクロスズメバチの蜂の子の佃煮を缶詰化しました。これにより、明治末期から大正期以降、長野県下の各所で蜂の子の缶詰生産業が行われるようになりました。缶詰にした蜂の子は、現在でも生産・流通が盛んです。
蜂の子の缶詰は、全国的にも珍しい缶詰製品による郷土料理としてヒット商品になりました。これにより蜂の子の需要が急増して、「トリコ」と呼ばれる蜂の巣の採取業を行う人が増加しました。蜂の巣の採取が盛んだった当時の岐阜の新聞には、地元の農協会長が益虫保護の観点からクロスズメバチの巣の採取禁止を訴える記事があります。蜂の巣の数は気候変動や環境の変化によっても変わりますが、当時の乱獲によって蜂の子の資源量が大きく減少したことがうかがえます。

現代の蜂の子

昭和以降の急速な経済成長により、日本の食文化は大きく変化しました。冷蔵技術や輸送手段の発達により、農村部や山間部でもタンパク質の摂取が容易になりました。こうした影響で、蜂の子を食べる食文化は以前と比べると全体的に衰退しています。一方で、食文化の伝統が強い中部地方など一部の地域では、郷土食としての蜂の子が根強く残っています。蜂の子の希少性が増したことで、珍味や料亭などの高級料理としての評価が高まる現象も起こっています。
現在の日本でも、野外で蜂の子の採集が行われ、佃煮や未加工の状態で販売されています。しかし、需要に比べて採取量が少ないため、1989年頃から韓国産のクロスズメバチ類が輸入されるようになりました。現在では、中国や台湾、ニュージーランド産の蜂の子なども輸入され、佃煮など蜂の子の加工品やサプリメントの材料として使用されています。

まとめ

古代より、人は貴重なタンパク源として蜂の子を食べてきました。現在でも、世界の各地で蜂の子は一般的な食材として食べられています。蜂の子には豊富な栄養素が含まれており、薬としても古くから世界各地で利用されてきました。
日本でも貴重な食糧や薬として蜂の子が伝統的に利用されており、江戸時代以降の文献にもそれが記されています。現代に入り、全国的な食習慣としては衰退しましたが、山間部など一部地域では根強く蜂の子が食べられています。
栄養豊富な蜂の子は、健康増進にとても効果的です。古くからの食文化を体験する意味でも、いちど蜂の子を食べてみることをお勧めします。

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